陸上競技の1つ、「競歩」は、歩く競争である。歩くだけなので簡単そうと思いがちだが、そのレースは過酷で奥深い。
日本陸上競技連盟が競歩の定義として定めているのは、主に2つ。 両足が同時に地面から離れることなく歩くこと(ロス・オブ・コンタクトにならない)。 前脚は接地の瞬間から垂直の位置になるまでまっすぐに伸びて ならない(ベント・ニーにならない)、である。

世界陸上2019ドーハで行われた男子20キロ競歩では、山西利和選手(愛知製鋼)が1時間26分34秒で金メダルに輝いた。一般男性の歩くスピードが1km12分~15分、ジョギングだと6分~8分とすると、歩くスピードの約3倍、ジョギングより早い驚愕のスピードで「歩いている」ということが容易に分かるだろう。

西本武司さん(@EKIDEN_News)の世界陸上レポート第2弾は、競歩とその競技を支える人たちを、さらにフォーカスしてお届けする。他メディアではなかなか報道されない世界陸上の裏側まで、ぜひ堪能して欲しい。 

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「日本競歩チームの暑熱対策はマラソンの2年先を進んでます。」

川内優輝選手に世界陸上2019ドーハの暑熱対策についてインタビューをしていたときに、ポロッとでてきた「私の肌感覚では日本競歩チームの暑熱対策は、マラソンの2年先を進んでいると感じます」という言葉。

MGCや世界陸上のマラソンを見ていても、日本人選手たちが、ギアや保冷剤、そして給水ドリンクの選択にもかなり工夫をしていることが明らかなのですが、日本競歩チームの取り組みはさらにその先をいってるらしい。彼のいう肌感覚とはこういうこと。

気づいたのは世界陸上大邱のときのこと。ちょうど競歩が強くなりはじめた時期で、ドーハ世界陸上50km競歩で金メダルをとった鈴木雄介選手が20km競歩で8位入賞を果たしたときです。

世界一美しい歩型といわれる鈴木選手のフォーム。上半身が全くブレない。

そのころ、日本マラソンナショナルチームをつくろうとしたのですが、なかなか一枚岩になることができなかった。(川内選手は日本人三番手の17位)

いっぽうで日本競歩チームは男女の隔たりなく、科学的知識やトレーニングが共有され、一枚岩となって世界陸上を戦っていました。それが常に競歩トップチームに受け継がれていき、オリンピックや世界陸上を経て磨かれて進化して、リオのメダルにつながっていった。そう私は見ています。

いま、マラソンがやっていることは、競歩チームが2年前にすでに取り入れていたことなんです。

マラソンは新しいことをとりいれることよりも、継続したトレーニングを積むことに重きをおくところがあります。アメリカで行われている科学的トレーニングにはみんな興味をもつし、調べたりはするのですが、これを実際にトレーニングに取り入れるとなると、根本からすべてかえることになってしまうんです。

もうひとつは競歩チームに知的欲求が、強かったことも理由かもしれません。日本競歩チームでは練習の段階から、心拍数をみながらペース管理をすることが徹底されています。タイムではなく、心拍数によって、身体の状況を把握し、そのときどきによって身体のどこを冷やすべきか?という場所も的確に指示されています。

冷やし方についても、どういう素材をつかってどこをどのように冷やすか?
東京オリンピックに向けた暑熱対策において、競歩とマラソンがもっと歩み寄れると、日本チームはさらに力を発揮できるとはずです。

ここまで話を聞くと日本競歩チームの給水が、がぜん気になってしょうがない。川内選手が競歩に比べ、2年遅れてるといいますが、とはいえ、日本マラソンチームは、各国に比べるとダントツに念入りな準備をしているのです。

日本チームはクーラボックスとバックを大量に投入
【左】日本チームはクーラボックスとバックを大量に投入 【右】ケニアチームは常温でボトルをそのままスペシャルテーブルへ
【左】となりのイタリアチームとの落差もすごい笑 【右】日差しはなくとも頭全体を冷やすためにキャップも冷やす

マラソン・競歩が深夜に開催するとあって、日差しがないぶん、各国の暑熱対策は全体的に甘め。MGC、東京オリンピックを見据えた対策をとっている日本マラソンチームが抜きん出ているように見えるのです。

川内選手がいう「2年先」とはどういうことか?

山西利和選手が金メダルを獲った男子20km競歩は、給水に注目しながら見ることにしました。

周回コースで行われる競歩はロードレースと違い、給水所も固定されるため、補給を戦略的に使うことができる。マラソンに比べると各国物量を投入していることがわかります。

【左】強豪中国チームは水だけでなく、選手それぞれのスペシャルドリンクを準備 【右】ドイツチームもなにやらクリームをとりだして
【左】だいたいのチームはクーラーボックスにスペシャルドリンクくらいの装備 【右】マラソンにつづき、またしてもシンプルなイタリアチーム

それぞれのお国柄も出てきますが、日本チームはちょっとレベルが違いました。

中心人物はこの人。今村文男競歩オリンピック強化コーチ。元バルセロナ・シドニーオリンピック日本代表選手です。日本チームの給水は各国のそれとは一線を画するものでした。

【左】テーブルには成分と分量の違った2つのペットボトル 【右】水のボトルには握って歩くための氷がはりつけられてます
水や氷だけでなく、キャップもとりかえます。

このキャップがちょっとブカブカして「あれ、サイズ間違っちゃった?」と思いきや、これはアシックスが競歩暑熱対策のために開発した特注キャップ。キャップの中に氷をいれられる仕様となっており、キャップをかぶったまま水をあたまからかぶることができるようメッシュ素材となっているそうです。

キャップにいれる氷もビニール袋にはつつまず、じかに入れることによって溶けて氷水がたれてくる。熱伝導と気化熱の効果で体表温度をさげようという狙いがあります。

そして今村コーチの足元には。

なんと大容量の充電池が!そのさきには冷蔵庫。首に巻いた保冷剤や頭や身体にかける水、そして補給として飲む水など、適温に調整された保冷基地のような準備が行われているのです。

そして金メダルを確信した山西選手がラストスパート。

日本競歩チームは心拍数でペースを管理していると聞いていただけに、写真を撮ったあとに、腕時計を拡大してみると、ラストスパート時の山西選手の心拍数がこれ。

あらゆる選手がペースダウンしていくなか、山西選手の心拍数は206!

高温多湿の中で、ここまでペースをあげられるのは、山西選手の能力と日本競歩チームの準備がかけあわせて実現している。ということをまざまざと見せつけられたのでありました。

東京オリンピックのコースがどこになろうとも、日本競歩チームは最高の準備をしてレースに望むことでしょう。

世界陸上で二度も「君が代」を歌うことができるとは。

東京2020オリンピック。
日本陸上競技の大本命は競歩であることをお忘れなく。

 

PHOTO& TEXT Takeshi Nishimoto@EKIDEN_News
福岡県出身、渋谷のラジオ制作部長。メタボ対策ではじめたジョギングがきっかけで箱根駅伝と陸上にハマってしまう。フルマラソン 3時間12分。

 

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