スポーツを楽しみ、スポーツに参加する機会を持つことは、すべての人に法律でも保障された権利だ。しかし、さまざまな障がいのある人たちにとって、この権利は必ずしも現実となっていない。例えば自分一人で思うままに走るということさえ、視覚障がい者にとってはほぼ実現不可能な夢となってしまってしまう。

「視覚障がいのあるランナーが一人で走るために、Googleのテクノロジーを使ってできることはないだろうか?」

米国のある盲目のランナーが、いつか一人で自由に走るようになりたいとずっと前から思っていた想いをGoogle に問いかけたことから立ち上がった「Project Guideline」。ベルトで腰に固定したスマートフォンが、地面に引いた線の色を認識して、その線が走っているランナーよりも左か、右か、中央なのかを瞬時に判断し、ヘッドフォンを通じて音声シグナルを送り、ランナーはその音を頼りに一人でランニングを楽しめるという画期的なシステムだ。視覚障がいのある人が、Googleが公開する機械学習を活用して一人で自由に走ることを可能にすることを目指している。

盲目のランナーが走っている様子

「誰もが自由に、思うままに走れるために。」という想いから研究開発しているGoogleのProject Guidelineと、「つなげよう、走る喜びを。」という想いが込められた世界中のどこからでも参加できるバーチャル駅伝レース「ASICS World Ekiden」がコラボレーションした。今回の取り組みについて、Google Project Guidelineチームの小林育未さんと、アシックスパラスポーツ企画部部長の君原嘉朗に今回の取り組みの企画背景や想いを語ってもらった。

――今回どのような経緯で、ASICSとGoogleがこの共同プロジェクトに取り組むことになったのでしょうか?

君原
ASICSは、昨年まで東京2020 オリンピック・パラリンピック大会のパートナー企業として活動をしてきましたが、そこで経験してきたさまざまな取り組みやチャレンジを思い出として終わらせてはいけないという想いがありました。東京大会終了後にその経験をアシックスとして今後どう活かしていくかというときに、ASICSとしての一つのレガシー的なアクションとしてパラスポーツ企画部が発足しました。
パラスポーツにも色々な競技がありますが、ランニングやシューズを基幹事業としていることから、まずは「走るカテゴリー」から取り組むことにしました。Googleも、同じ東京大会のパートナー企業であり、また、Project Guidelineの取り組みのことも知っていましたので、何か一緒にできないか・・・という考えから、お声がけさせていただきました。

小林さん
「走る」ということに対して、ランナーが一人で気持ちよく走れるようになるサポートをするところから始まったProject Guidelineですが、 ASICS World Ekiden は、走るということにプラスして、仲間と一緒に同じゴールを目指すという観点もあります。
このことは、Project Guidelineが目指す、誰もが自由に楽しく走れるように、という理念と重なっていると思いました。
今回のイベントにProject Guideline を使用し、ブラインドランナーの方々をサポートすることができるのであれば、是非参加したいと思い、快諾させていただきました。

去年は、Googleのテクノロジーを使用して一人で走るランナーをサポートしたが、今回はチームとしてEKIDENレースに出られるということで、スケールアップしたと思っています。

小林育未さん

――今回参加して気づいたことや感じたことをお聞かせください。

小林さん
世界を代表するスポーツ企業のASICSとコラボレーションできた機会を光栄に思っています。
世界中の人に向けて開催された ASICS World Ekiden に ブラインドランナーの方々が Project Guidelineを使って、伴走者なしで走れたことは、今までは考えることもできなかったことですし、すごく意味のあることだと思います。 おそらく世界で初めての取り組みではないかと思います。
これまでスポーツを積極的に楽しむ機会があまりなかった視覚障がい者の方々にとって、このASICS World Ekidenに仲間と一緒に参加して伴走者なしで完走できたことが、今後の可能性につながっていけば非常にうれしいと思います。
長距離を走ることは、健常者の方でもそんなに簡単なことではないと思います。私たちを信頼して楽しんで走ってくれたブラインドランナーのみなさんにすごく感謝したいと思いました。

君原
私たちのASICS World Ekidenは今年で3回目の開催です。世界150ケ国以上、例年約5万人のランナーの方に走っていただいています。離れていてもどこにいても世界中のランナーたちが同じゴールを目指すというコンテンツなのですが、障がいのある方々にあまり参加していただけていない現状がありました。今回のこのプロジェクトを通じて、私たちも色々な気づきや学びがあり、貴重な機会となりました。  ASICS World Ekiden が今後、障がいのある方たちにも、より参加していただけるようなきっかけになればと思っています。

ASICS World Ekidenのリボン
盲目のランナー

――では最後に、今回のプロジェクトを経て今後チャレンジしてみたい事や、今後の展望があればぜひお聞かせください。

小林さん
Googleというより私の個人的な話によってしまうところがあると思いますが、私自身は視覚障がいではないのですが聴覚障がいがあります。子供のころに難聴になり、成長していく中で、街中のアナウンスが聞き取れずに苦労したこともあります。情報保障が今ほど十分でなかった時代というのは、人とのコミュニケーションが困難な場面が多く、生きづらいな…と思っていた記憶があるのですが、最近はGoogleや他の会社によるテクノロジーが浸透してきたことで、障がいが障がいでなくなりつつあります。
今までできなかったことや困難であったことができるようになると、言葉では表現できないような嬉しさが込み上げてきます。今日参加されたブラインドランナーの方々を見て、今まではガイドランナーと一緒に絆ロープを使わなければ走ることはできないと思われていたものが、新たな一歩として一人でもマラソンを走ることができるようになった瞬間をみてとても感動しました。この機会はありがたいと思っています。

Googleのミッションは、世界中の情報を整理し、世界中の人がアクセスできて使えるようにするということです。私は目が見えるので走ることにチャレンジはないのですが、視覚障がい者にとってはあたりまえでなく、Project Guidelineは、視覚障害者にもその情報にアクセスして使えることを目指しています。
このような機会を増やしていき、より多くの当事者の方に使っていただき、フィードバックを集め、よりよいプロダクトやサービスにしていけたらと思っています。私も聴覚障がい者としてGoogleがテクノロジーでできることを真摯に考え、アクセシビリティをより改善していけるよう日々努力していきたいと考えています。
ありがとうございました。

君原
ASICSには、誰もが一生涯、運動・スポーツを通じて、心も体も満たされるライフスタイルを創造する” という目指す姿があるのですが、 今日はそれを体現できた1日だったのではないかと思います。障がいがある方と向き合っていると、いろいろな気づきがあり、自分がいままで持っていたものと違った価値観の変化などを感じることができます。 また、違った業種の企業の方と、何か一つの事に取り組むときも、同じように新たな気づきや、価値観の変化が生まれます。今回の プロジェクトは、まさにそういった価値観の変化からイノベーションが生まれる機会だったと思います。こういった活動を継続的にチャレンジしていくことが大切です。これからもスポーツを通じた共生社会実現につながる活動を継続して取り組んでいきたいと思います。
ありがとうございました。