ケニアは、今やエチオピアと並び世界トップクラスの長距離選手を多数輩出している。
その中心であるイテンは、「マラソンの聖地」と呼ばれ、ケニア人はもちろん、世界中のマラソン選手や長距離の選手がこぞって練習のためにやってくる。2021年、アシックスはその聖地に「ASICS CHOJO CAMP(以下、CHOJO CAMP)」を設立した。その目的は、大きくふたつある。ひとつは、「虎の穴」的なトレーニングキャンプで選手を鍛え、世界で戦えるランナーを輩出すること。もうひとつは、アスリートの声を抽出し、METASPEED™+シリーズのシューズなどプロダクトの開発に活かしていくことだ。
選手にとって、ASICS CHOJO CAMPはどのような存在なのか?
2022年10月16日に開催された東京レガシーハーフマラソン2022(以下、東京レガシーハーフマラソン)で優勝したヴィンセント・キプケモイは、CHOJO CAMPの良さについて、こう語る。
「練習のプログラムや練習環境が本当に素晴らしい。それがCHOJO CAMPを選んだ理由ですが、自分と同等以上のレベルの選手と練習ができることはランナーにとってとても重要なことです」
現在、CHOJO CAMPは、男子選手(25名)と女子選手(15名)を合わせて40名が在籍している。宿舎は最初こそトタン屋根の掘っ建て小屋みたいな場所だったが、今は8棟の家に加えて食堂があり、専属のシェフが作る食事を提供している。他にも小さなジムがあり、今後はそのジムなどを拡張し、より施設を充実させていく予定だ。
スカウティングは、大会などで気になる選手にコーチが声をかけるほか、学校と提携して若い選手をリクルートしている。選考の際は、タイムや過去の実績にこだわらず、走り方や体型、モチベーションなどを確認して決める。ある意味、非常にアナログだが、イテンは2300mの高地で他国と地形や環境が違うので統一したセレクションができないのだ。
練習は、ピーター・ビルがヘッドコーチとして練習プログラムを作って指導し、トーマス・ポッツィンガーが年間のレースプランを考え、ビザ発給など実務的なサポートをしている。練習は、朝6時からと午後4時からの2回。朝練は、20キロを最初は10名ぐらいで走るが、徐々に他チームのランナーなどが増えていき、100名ぐらいになることもあるという。ケニアの集団走は、"名物″でもあるのだ。
練習では、普通のロードを走る時もあるが土のロードを始め、不整地が多く、脚の負担が軽減される。ヴィンセントは日本の実業団時代、故障が多かったが、ケニアに戻り、「やわらかい土や不整地で走ることが多くなり、怪我が減りました」と笑みを浮かべた。
東京レガシーハーフマラソンで女子4位に入賞したベッツィ・サイナは、CHOJO CAMPの良さについて「早く走るための練習はもちろん、それ以外のサポートが充実している」と語る。
「CHOJO CAMPは今回、ヴィンセントが優勝したように、選手個人の目標に向けてのサポートがしっかりしています。それが私がここを選んだ理由でもあるのですが、食事や体重管理、それに3名のマッサージセラピストが怪我をみてくれますし、ドーピングなどの指導もしてくれます」
ベッツィは、ママさんランナーとしての復帰戦が今回の東京レガシーハーフマラソンだった。出産して9カ月後でのレースだが、早期に競技への復帰ができたのはCHOJO CAMPのサポートがあったからだという。
「妊娠が分かった時は、契約したばかりだったのでうしろめたい気持ちになりました。でも、勇気をもって伝えると、みんなに『おめでとう』と言ってもらえて。そういう声は本当にうれしかったですね。経済的なサポートが止まる心配はなく、徐々に体型が変化していくなかでウエアなど必要なものも提供されて、復帰までの環境を整えてくれました。そうしたサポートを受けることでモチベーションが上がり、レースでトップ3に入ろうと強く思うようになります。他のチームにも、同じ時期に妊娠した選手がいますが、まだ復帰できていません。そういう点からもCHOJO CAMPが、他のキャンプと比べていかに充実しているのか、良く分かると思います」
女子選手は、CHOJO CAMPの宿舎に滞在せず、自宅から通うことになっている。一方、男子選手は宿舎で生活している。男女別なのは、文化的な背景もあるが女性は家庭を持っている選手が多いからだ。ベッツィも家庭があり、練習のみの参加だが、自宅から2キロしか離れていないので歩いたり、ジョグをしたりしてキャンプに向かっている。自宅が遠い場合はコーチが送迎してくれるので、移動に関してもストレスはない。
素晴らしい練習環境、手厚いサポート体制が敷かれるCHOJO CAMPだが、最大の特徴は、二人ともに「チームワークがいいところ」だという。
男子は、23歳から39歳までの選手が24時間、寝食をともに過ごしている。どんなチームでもそうだが人が増えるとグループを作りたがり、ギスギスした人間関係が起こりがちだ。だが、ヴィンセントは「ストレスはなく、メンバーは全員、仲が良い」という。ここではベテラン選手に若い選手をつかせて国内や海外でのマラソンでペーサーとして起用し、成長につなげるプログラムも組んでいる。ペーサーの経験を積み重ねて、自分のレースに活かせるようにしつつ、ベテランからの学びも大事にしているのだ。
ケニア人ランナーからの膨大なフィードバックをもとに誕生したMETASPEED+シリーズ
彼らアスリートは、シューズの開発にも重要な役割を果たしている。
アシックスでは定期的に新しいサンプルシューズを世界中のトップランナーに提供している。ただ、選手は世界に分散しており、国や選手によってレスポンスが異なるので、同じタイミングで男女含めた多くのデータをフィードバックできるのは、CHOJO CAMPしかない。
フィードバックには、共通項目があり、5段階でチェックしてもらう。例えばソールの潰れ具合や走っていてどこが痛くなったのか、トゥスプリング(つま先の跳ね上がり)はハードか、ソフトかなどを評価してもらい、その後各自の印象、感想をコーチが聞きまとめる。
選手のコメントは、さまざまだ。
ヴィンセントは、METASPEED SKY+の開発時、フィードバックとして「かかとの部分が低く感じたので、スピードを出して走る際、ハムストリングに負担がかかる」と改良点を伝えた。
ベッツィは、「スタビリティ(安定性)が重要です」とコメントしたという。
「今のMETASPEED EDGE+は、何回かの改良の後、走る時のかかとと親指がすごく心地良くなりました。今回、METASPEEDシリーズを着用したヴィンセントが優勝したように結果も出ています。非常にクオリティの高いシューズで、これからのさらなる進化も楽しみです」
フィードバックには選手の声だけではなく、コーチの言葉も添えられる。例えば、シューズを履いた際の選手の腰の位置や傾きの変化について書き記す。ただ、サイエンスデータは多くはない。そもそもそうした精密機器の設備がないので、イテンからのデータはインプレッションにほぼ限定されている。欧州やアメリカの選手はシューズについて詳細に語るが、ケニアの選手は、量こそ多くはないが急所を突くようなコメントが多いという。アシックスのハイスペックのシューズは、アフリカの大地の声から生まれたとも、いえるだろう。
彼らの声を反映して生まれたMETASPEED SKY+、METASPEED EDGE+がともに世界で高い評価を得て、ランナーの信頼を得ているのは、イテンに住むランナーや周辺の反応からも容易に理解できる。
イテンではアシックスのロゴが入ったバンが使用されている。その車が町を走ると、「あっアシックスだ」と追いかけてくる子どもたちの数が増えた。また、イテンにいて他メーカーのキャンプに在籍する選手が退所して、CHOJO CAMPの門をたたくケースが増えてきた。ベッツィは、そうなったのはアシックスに世界で戦えるシューズができたからだという。
「みんな、(シューズに対して)文句を言わなくなりました(笑)。アシックスはアスリートの声にしっかりと耳と傾けてくれて、より良いシューズを作ってくれています。アスリートにとっては、それが走る上での大きな自信になります。実際、今、多くの選手がアシックスのシューズで結果を出しています。そのせいか、他のブランドを履いている選手からレース前にMETASPEED SKY+は手に入らないか?という連絡がきたこともありました。アシックスの信頼と進化の証拠だと思います」
ベッツィにとって、自分のパフォーマンスを発揮するためにシューズが占める割合は、100%だという。それだけにシューズへの要求は高いが、METASPEED EDGE+は改良を重ねた結果、「自分に合ったシューズになった」と笑顔を見せた。
ヴィンセントは、その割合が95%で、METASPEED SKY+は「東京レガシーハーフマラソンで勝てたし、とても満足している」とシューズを高く評価している。
CHOJO CAMPでは、今後も選手の声を反映させてプロダクト開発を進行させ、3年や5年ではなく長期スパンで時間をかけて世界的なトップアスリートを育成していく。
アシックスが世界の頂上を獲るためには、プロダクトとアスリート、どちらが欠けても成り立たないのだ。
TEXT:Shun Sato
Interpreter:Ryo Shinkawa
アシックスは東京レガシーハーフマラソン2022のオフィシャルパートナーです。